これは何の話?

「喪失」と聞くと、多くの場合は死別を想像する。

しかし、

相手は生きているのに、「以前知っていたその人」や「以前あった関係」を失うことはあるのではないか?

今回の発表では、このような喪失を扱う Acquired Non-death Interpersonal Loss(Acquired NoDIL) という概念を中心に、人間が変化した関係をどのように理解し直すのかを考えた。

主に扱われたのは、認知症や脳損傷などによって、重要な相手の認知・行動・人格が大きく変化した場合である。

さらに、悲嘆(Grief)に関する神経画像研究のレビューを補助的に用いて、

  • なぜ失った相手や関係について何度も考えてしまうのか
  • 「書き出す」ことと「考えなくなる」ことは同じなのか
  • 人を失うだけでなく、「その人と続くはずだった未来」を失うとはどういうことか

という問いまで議論した。


まず結論

今回の中心となる考え方は、

人は「相手そのもの」だけではなく、「その人との関係」や「その人と続くはずだった未来」も失いうる

というものだった。

NoDILでは相手が生きている。

そのため死別とは違い、

過去に知っていた相手

現在目の前にいる相手

の間に、新しい情報が入り続ける。

すると人は、

「この人はこういう人だった」

という過去の理解だけでも、

「今はこういう人だ」

という現在の理解だけでも、関係をうまく捉えられなくなる。

そこで必要になるのが、

過去・現在・未来をつなぎ直し、「今のこの人との関係」を理解できる新しい枠組みを作ること。

つまり、喪失から立ち直ることは必ずしも、

忘れること

でも、

関係を切ること

でもない。

変わってしまった現実を含めて、相手との関係と「その関係の中にいる自分」を作り直していく。

という見方ができる。


Knowledge ― NoDILとは?

今回の中心概念は、

Acquired Non-death Interpersonal Loss(Acquired NoDIL)

である。

直訳すると、

後天的な非死別対人喪失

となる。

たとえば、認知症や外傷性脳損傷などによって、重要な相手の認知・行動・人格が大きく変化したとする。

相手は亡くなっていない。

しかし、

以前の会話ができない

以前と同じ反応が返ってこない

以前知っていた人格とは大きく異なる

ということが起こる。

すると、

「その人は存在しているのに、以前知っていたその人との関係は失われている」

という特殊な喪失が生じる可能性がある。

NoDILは、このような状態を考えるための概念である。


死別との違い ― Closed System と Open System

Yeheneらのモデルで重要なのが、

Closed System

Open System

という整理である。

死別の場合

相手本人から、新しい言動や反応が入ってくることは基本的にない。

そのため関係は主に、

記憶

内的な表象

意味づけ

の中で続いていく。

これを論文では、主として閉じたシステムとして整理している。

NoDILの場合

相手は現在も生きている。

だから、

新しい言動

新しい反応

新しい変化

が入り続ける。

昨日、

「今のこの人はこういう人なんだ」

と理解しても、

今日また違う反応が返ってくる。

すると、そのたびに、

「じゃあ、この人との今の関係って何なんだろう?」

と理解を更新する必要が生じる。

これがNoDILをOpen Systemとして捉える理由である。

なお、論文でもOpen / Closedは完全に二分できる厳密な分類というより、理解のためのヒューリスティックな区別として扱われている。


Practice ― 過去・現在・未来をつなぎ直す

NoDILでは、

Past

Present

Future

の間にズレが生じる。

Past ― 過去

過去には、

以前のその人

以前の関係

一緒に過ごした記憶

がある。

しかし、ここにはもう一つ重要なものが含まれる。

過去の時点で想像していた未来

である。

たとえば、

「この人とは、この先もこういう関係が続くだろう」

という未来を、人は暗黙のうちに想像している。

Present ― 現在

ところが現在、相手が大きく変化する。

すると、

昔知っていた相手

今目の前にいる相手

が一致しなくなる。

Future ― 未来

現在が変われば、当然未来も変わる。

過去に想像していた、

「この人とこうなっていくはずだった」

という未来が成立しなくなる。

つまり失われるのは、過去の関係だけではない。

過去から伸びていた「未来」まで失われる。

そこで、過去・現在・未来をもう一度つなぎ直す必要が生じる。


Continuing Bonds Matrix Model ― 関係を切るのではなく、作り直す

今回紹介されたモデルでは、

喪失した相手との絆を断ち切ることだけが適応ではない

と考える。

相手との関係を、

以前と同じ形で維持する

のでもなく、

完全に消してしまう

のでもない。

変化した現実に合わせて、新しい形の関係へ作り直していく。

そのために重要になるのが**Schema(スキーマ)**である。

スキーマとは、

「この人はこういう人」「私たちの関係はこういうもの」という理解の枠組み

と考えると分かりやすい。


Assimilation と Accommodation

新しい現実が入ってきたとき、スキーマの更新には大きく二つの方向がある。

Assimilation ― 同化

新しい情報を、今まで持っていた理解の枠組みの中に取り込む。

たとえば、

「今日は少し様子が違ったけれど、基本的には以前と同じ人だ」

と理解できるなら、既存のスキーマの中で扱える。

Accommodation ― 調節

しかし、新しい現実が既存の理解では扱えないほど大きい場合、

理解の枠そのものを変える。

「以前と同じ関係」として理解し続けることが難しいなら、

現在の相手

以前の相手

の両方を含められる、新しい関係の理解を作る必要がある。

NoDILでは相手から新しい情報が入り続けるため、

Assimilation

Accommodation

を繰り返しながら、スキーマを更新していくことになる。


Inherent Talent ― 関係が変わると「自分」まで変わる

ここで特に面白いのが、

相手との関係は、自分のアイデンティティの一部でもある

という点である。

たとえば、

「この人のパートナーである自分」

「この人の親である自分」

という自己理解がある。

すると相手との関係が大きく変わったとき、

「この人は誰なのか?」

だけではなく、

「では、この人との関係の中にいる私は誰なのか?」

まで揺らぐ。

さらに、人は重要な相手と、

これまでこう生きてきた

今こうしている

これからこう生きていくだろう

という共同の人生の物語を持っている。

関係が変化すると、そのJoint Life Storyまで書き直す必要が生じる。

つまりNoDILとは、

相手についての理解だけではなく、「相手と生きる自分の物語」まで再構成するプロセス

とも考えることができる。


Value ― Griefは単なる「悲しい」ではない

補助論文では、悲嘆に関する神経画像研究が体系的にレビューされている。

そこから見えてくるのは、

Griefは単純な一つの感情ではない

ということだった。

悲嘆には、

Attention ― 注意

Reward / Attachment ― 報酬・愛着

Cognitive Control / Inhibition ― 認知制御・抑制

など、複数の認知・神経システムとの関連が報告されている。

つまり、

「悲しいからつらい」

だけではなく、

重要な対象へ注意が向くこと、愛着に関わる情報が重要であり続けること、そこから日常課題へ注意を戻すこと

まで含んだ複雑なプロセスとして考える必要がある。

ただし、このレビューで示されているのは主に神経活動等との関連であり、

「悲嘆がこの脳領域を変化させた」

という因果関係まで直接示しているわけではない。


「書き出せば考えなくなる」のか?

ここから発表では、一つの問いが立てられた。

たとえば頭の中にあることを、

ノート

日記

メモ

などへ書き出す。

すると、

「頭の外に出したから、もう考えなくていい」

ようにも思える。

しかし、

Externalization(外在化)とInhibition(抑制)は別なのではないか?

という疑問が出てくる。

情報を紙に移したとしても、

その対象が自分にとって重要であること自体は変わらない。

すると注意は再びそこへ戻るかもしれない。

そして、

「今は別のことをしよう」

と日常課題へ注意を戻すには、別途認知制御が必要になる可能性がある。

ただし、これは今回の2本の論文が直接検証した結論ではない。

NoDILのスキーマ再構成と、悲嘆研究における注意・認知制御の知見を組み合わせて発表内で立てた仮説

として区別する必要がある。


日常的な人間関係にも当てはまる?

ここからさらに、今回の発表ではNoDILを日常的な関係変化へ広げて考えた。

たとえば、

別れた

疎遠になった

以前とは関係が変わった

という場合。

相手そのものが消えたわけではない。

しかし、

「この人とはこの先こうなっていくだろう」と想像していた未来

は失われることがある。

すると、

「人を失った」

というより、

「その人との関係から伸びていた未来を失った」

と表現したほうが、自分の感覚を説明しやすい場合がある。

ただし重要なのは、

YeheneらのNoDILモデルが、一般的な恋愛・友情の変化について実証したわけではない

ということ。

これは今回の論文から着想を得て、日常的な人間関係へ応用して考えた発表上の問いである。


質疑応答から見えてきたこと

Open Systemはマルコフ連鎖なのか?

過去・現在・未来がつながり、新しい情報によって次の状態が変化していく図を見ると、

マルコフ連鎖などの状態遷移モデルに似ているのでは?

という疑問が出た。

しかし、今回の論文は数理モデルではない。

Yeheneらの論文はHypothesis and Theoryとして提示された概念的モデルであり、状態遷移確率などを用いて数理的に予測することを目的としているわけではない。

そのため、

「図として似て見える」

ことと、

「同じ数理構造を持つ」

ことは区別する必要がある。


Open / Closedの境界はどこ?

死別した相手でも、

SNS

動画

メッセージ履歴

などから新しい情報を受け取ったように感じる場合がある。

では、それはOpen Systemなのか?

ここでもOpen / Closedは完全な二分法ではない。

重要なのは、

相手本人から、新しく変化する対人的な入力が継続して入ってくるか

という点にある。

SNSログなどは新しく発見することはできても、本人自身が現在進行形で変化し、それに応じて新しい反応を返しているわけではない。

そのため、Open / Closedは厳密な境界というより、関係性の違いを理解するための整理として見るほうがよい。


コミュニティを失う場合にも使える?

もう一つ出たのが、

個人ではなく、コミュニティや集団との関係を失った場合にも同じモデルを使えるのか?

という問いだった。

感覚的には、

以前所属していた場所

そこにいた人々

その場所で想像していた未来

を失うという構造は似ている。

しかし、個人との関係とは違い、コミュニティでは、

複数のメンバー

集団そのものの変化

自分の所属感

各個人との関係

など、扱う変数が大きく増える。

そのため、単純にNoDILモデルをそのまま当てはめられるとは言えない。

これは今後考えられる拡張の問いとして残った。


関係性によって喪失の形は変わる?

NoDILの負荷は、

親子

夫婦・パートナー

友人

など、元々の関係によって違うのではないかという問いも出た。

特に介護の文脈では、

これまで世話をしてくれていた人を、今度は自分が世話する

といった役割逆転も起こり得る。

すると単に、

「相手が変わった」

だけではなく、

自分の役割

相手との距離

期待していた未来

まで変わる。

関係性の違いがNoDILの体験へどのような影響を与えるかは、今後さらに調べる価値のある論点として残った。


この発表から考えられること

今回の発表で特に興味深いのは、

「喪失」を、存在する/存在しないという二択から外して考えられること

だった。

人はいる。

会うこともできる。

話すこともできる。

それでも、

以前のその人

以前の関係

以前想像していた未来

は、もう存在しないことがある。

すると人間は、

存在しているものと、失われたものを同時に抱える

ことになる。

だからNoDILでは、

忘れれば終わる

とも、

新しい現実だけ受け入れれば終わる

とも限らない。

過去を消さず、

現在を無視せず、

未来をもう一度作り直す。

その三つを同時に扱える理解へ更新していく必要がある。


「未来を失う」という見方

今回の発表から日常へ持ち帰りやすいのは、

人間は現実だけではなく、「こうなるはずだった未来」にも愛着を持っている

という見方かもしれない。

関係が変わったときに苦しいのは、

過去が消えたから

だけではない。

以前なら当然のように存在していた、

次に一緒にすること

数か月後の関係

数年後の自分たち

といった未来が成立しなくなる。

そのため現在の関係だけを整理しても、気持ちが追いつかないことがある。

必要なのは、

過去の記憶・現在の現実・新しい未来を、一つの物語としてもう一度つなぎ直すこと

なのかもしれない。

ただし、一般的な恋愛や友情にこのモデルがそのまま適用できることは、今回扱った論文からは実証されていない。

ここは今回の発表から生まれた、次の研究テーマである。


今後調べたいこと

今回の議論から、いくつか次の問いが残った。

  • NoDILモデルは理論提案の後、実証研究によってどこまで検証されているのか
  • 注意・抑制・日常課題への復帰を、二重過程理論など別の認知理論から説明できるのか
  • 親子・パートナー・友人など、関係性によってNoDILの体験はどう変わるのか
  • 個人ではなく、コミュニティや組織との関係喪失にも拡張できるのか
  • Past / Present / Futureのズレが大きいほど、スキーマ再構成も難しくなるのか

今回のモデルは、これらにすべて答えているわけではない。

むしろ、

「人が生きているのに関係を失う」という現象を考えるための枠組みを提示した

ところに価値がある。


まとめ

今回扱ったNoDILとは、

相手が亡くなっていなくても、その人の大きな変化によって「以前のその人との関係」を失うこと

を考える概念である。

死別とは異なり、相手が現在も存在するため、

新しい言動

新しい反応

新しい変化

が入り続ける。

そのため人は、

過去

現在

未来

の間に生じたズレを何度も調整しながら、相手との関係についてのスキーマを作り直していく。

そして相手との関係は、自分自身のアイデンティティや人生の物語にもつながっている。

だから関係を作り直すことは、

「相手をどう理解するか」だけではなく、「その相手との関係の中で、自分をどう理解し直すか」でもある。

さらに悲嘆研究からは、Griefが単なる悲しみではなく、注意・愛着や報酬・認知制御など複数のシステムと関連する複雑な現象であることが見えてくる。

今回の論文から直接言える範囲を超えて日常的な人間関係へ広げるなら、

人は「その人」を失わなくても、「その人との未来」を失うことがある。

という問いが残る。

そして、そのとき必要になるのは、

昔を忘れることでも、今だけを見ることでもなく、過去・現在・未来をもう一度つなぎ直すこと

なのかもしれない。


👶 ドパガキ向け:つまり何?

昔:

「この人はこういう人!」

「これからもこんな感じで一緒にいるんだろうな!」

脳:

「了解!!!!未来まで作っといた!!!!」

相手:

めちゃくちゃ変わる

脳:

「?????????」


脳:

「でも昔はこうだった!!!」

現実:

「今は違います。」

脳:

「でも未来はこうなる予定だった!!!」

現実:

「その未来もなくなりました。」

脳:

「?????????????」


NoDIL:

「人は生きてても、昔のその人との『関係』は失うことあるよ。」

脳:

「じゃあ忘れればいいの?」

NoDIL:

「いや、今もその人いるよ。」

脳:

「じゃあ昔と同じように接すればいいの?」

NoDIL:

「今は変わってるよ。」

脳:

「どうすんだよ!!!!!!!!」

NoDIL:

「関係を作り直す。」


昔の相手:

「こうだった」

今の相手:

「こうなってる」

昔想像してた未来:

「こうなる予定だった」

これから:

「じゃあ今からどうなる?」

脳:

全部つなぎ直します!!!!


しかも、

「この人は誰?」

だけじゃない。

自分:

「この人との関係の中で、俺って誰だったっけ?」

まで変わる。


超結論

人間は「人」だけじゃなくて、「その人との関係」と「その人と続くはずだった未来」まで頭の中に持ってる。

だから相手が生きていても、

関係が大きく変われば喪失は起きる。

しかも相手は今もいるから、

新しい情報が毎日入ってきて、脳内の「この人ってこういう人」を何度も書き換えないといけない。

つまり、

「忘れて次!」じゃなくて、
「昔はこうだった。今はこう。じゃあこれからどういう関係にする?」を作り直す話。

そして今回そこから出てきた、さらにデカい問いが、

もしかして人間関係で失って一番苦しいものの一つって、「人」じゃなくて「その人と存在するはずだった未来」なんじゃない???

という話!!!!


引用論文

Yehene, E., Manevich, A., & Rubin, S. S. (2021). Caregivers’ Grief in Acquired Non-death Interpersonal Loss (NoDIL): A Process Based Model With Implications for Theory, Research, and Intervention. Frontiers in Psychology, 12, 676536.

Evstigneev, S. R., O’Connor, M.-F., Wilhelm, F. H., Blum, D., Slavich, G. M., & Seiler, A. (2026). Grief and bereavement: A pre-registered systematic review of neuroimaging studies. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 182, 106535.